どうして助産師になろうと思ったの?
はじめから助産師になりたかったの?
こんにちは、助産師たまじです。
今回は、私が助産師になろうと思ったきっかけをお話ししていきます。
助産師という職業に少しでも興味がある方はぜひ最後まで読んでみてくださいね。
きっかけは一枚の写真
小学校の社会科の授業で、ある一枚の写真を見ました。
それは、青年海外協力隊の活動に関する写真でした。
先生がその写真を指差して、
「床一面に並べられている小さな赤ちゃんたちは みんな死んでいます。」
その一言にあまりにも強烈な衝撃を受けました。
そして、
私はこの子たちを救いたい!
そう強く思いました。
2年間の浪人時代
その後は、ただ闇雲に勉強をしました。
人を助けるというのは医者になることだと思い、猛勉強の末、進学高校へ進み大学の医学部を目指しました。
しかし、
模試の結果はE判定。
医者になることしか考えていなかったため、第一志望の国立大学医学部のみ受験をし、
結果は、不合格でした。
その後、京都の祖父母の家に居候をし、予備校に1年間通いました。
必死で勉強をし、
地方の国立大学の医学部、私立大学の医学部を受験しました。
私立は受かったとしても金銭的に難しいだろうなという不安もありながら…
とにかく手当たり次第、受かりそうなところを受験しました。
結果はまたしても不合格。
それでもあきらめがつかず、もう1年目は宅浪を決意しました。
予備校で勉強のやり方は習得したので、あとはそれをやり続ければいいんだ!
というよくわからん自信があり、家に引きこもって勉強漬けでした。
もともと勉強は好きで、一人でスケジュールを立てて、コツコツ勉強することが苦ではなかったのでできたのもあるかと思います。
時々、図書館やコメダ珈琲店など、勉強場所を変えて、気分転換をしながら勉強していました。
しかし模試の結果では良い成績が出ることはありませんでした。
その頃、ストレスで過敏性腸症候群という診断も受けていました。
知らず知らずのうちに心と体が疲弊していたんだと思います。
自分の体調面も考慮して、
2年目の浪人生活は医学部受験を断念しました。
そして、国立大学の医学部看護学科を受験し、合格しました。
それでも人を助けたい
どうしても、人を助ける仕事に関わりたい!
という思いが強かったので、看護師としてその思いを達成しようと考えました。
その中でもさらに、
自分の技術や資格がより多くあればあるほど、たくさんの命を救えると思い、助産師を目指しました。
私の通っていた大学は、在学中に看護師だけでなく助産師、保健師の資格も取得することができました。
もちろん選抜試験があり、それに合格すれば受講できるコースであったため、選抜試験に合格し、3つの授業を受け、実習も行いました。
そして見事、看護師、助産師、保健師の3つの国家試験に合格し、大学病院の助産師として働くことになりました。
まとめ
私は、「この子たちを救いたい!」という思いをきっかけに医療職を目指し、現在は産婦人科クリニックで病棟助産師として働いています。
命の誕生を毎日間近で見させていただき、医療職を目指すきっかけとなった一枚の写真を時々思い出します。
助産師を目指すきっかけは、皆さん色々あると思います。
私はここに来るまで、2年間の浪人時代がありました。
当時はよく、2年も無駄にしたと言われたものです。
年齢的に後輩の同期というのは、お互いに少し気まずいところもありました。
でも、助産学生の時に出会えた最高の仲間達によって、この2年のブランクは払拭され、私にとっては、自分を見つめ直すために必要な2年だったと感じています。
私の経験が少しでも参考になれば嬉しいです。